産業革命以降、都市文化は前衛(アバンギャルド)と通俗物(キッチュ)を作り出したという。グリーンバーグはアバンギャルドとキッチュの違いをジョルジュ・ブラックの絵とサタデーイブニングポスト誌のノーマン・ロックウェルの絵を持って例とする。つまりブラックの絵はアバンギャルドで、ロックウェルの絵はキッチュであるということだ。そして、その二者は以下の経緯によって発生した。

 「社会の発展過程において、その社会特有のあり方の変化により、その必然性が見失われるにつれて、芸術家が観衆との交流のため、拠り所としていた既成の概念が役にたたなくなる。…過去において、そのような時は、ふつう、不動のアレクサンドリアニズム、つまり、真に重要な作品の問題は議論を含んでいるという理由でそのままにされ、実質上の創造的活動は、つまらない形式上の点で名人芸となる。そして、もう少し重要な問題は、過去の巨匠達の先例によって決定される、というアカデミシズムに陥っていた。」(「近代芸術と文化 」要約 以下「」同書から引用)
 しかし西洋ブルジョワ社会の一部に、「おのおのの社会の中核をなす、もろもろの形式の先例や、その存在理由、およびその機能を冷静に検討するという新しい科学的革命思想」…というものが出現し、芸術はこれとの連動に伴い、アカデミシズムを回避する方法を見出す。
  これが前衛(アバンギャルド)であり、そうした考えが絵画の「自己批判性」ということに繋がるのだろう。従って、芸術のアバンギャルドは封建制度から宗教改革、ブルジョワ革命、市民革命を経て登場する、科学的革命思想、つまり社会主義革命思想に深く連動しているということであり、そのことから美術家や評論家が用いる難解な用語がグリーンバーグの著書に多く見受けられることが、かつての左翼活動家が口にする難解な用語がマルクスの著作に多く見られるのに似ているという印象は、あながち間違いではないといえる。
  そしてこれらの難解な用語が庶民の暮らしには全く関係が無い、あるいは、何の役に立たないという印象も、その対立概念であるキッチュによってあながち間違いではなかったことが解る。

 アバンギャルドはアカデミシズムに対立する方法として、絵画の本質を科学的検討に徹することにより、「全体的にも部分的にも絵画自身でない何物にも還元され得ない、純粋絵画」というものに到達する。それは「抽象的であり非対象的であり、空間、画面、形、色彩などに必然的に係わりのない主題や内容は疫病のように駆逐される。」

 となれば、こうした純粋造形を支持する観客の嗜好性というのは、一般的な体験に基づく主題や内容からくる嗜好性とは全く異なり、又、それがあまりにも「天真爛漫(イノセント)であるが故に効果的な宣伝をさしはさむことも難しく、」つまり国による扇動や、一般的経済活動には何の役も立たない、全く新しい種類の嗜好といえるだろう。
  そして、こうしたアバンギャルドの出現により、アバンギャルドとしての要素を持たない、つまり純粋に自己批判的でない、その他の総ての芸術を通俗物(キッチュ)と名づけ、真性の芸術に対して、代用芸術とされる。キッチュは真性芸術(アバンギャルド)のうわべだけを借り、一般大衆に真性芸術の代用品として擬似的な満足感を与える。かくしてアバンギャルドの出現と同時にキッチュは誕生する。

Son Black

 キッチュであるノーマン・ロックウェルの絵、たとえば「息子の旅立ち」は、要するに、描かれた図像が絵の内容である。観客は、都会へ旅立つ息子と農着を着た父親の語らう様子から父親の、あるいは息子の心の動きに共感し、ある私的な感慨を立ち上げる。こうした一連の心の動きの創出がこの絵を見ることによって得られる満足感の一つである。しかし、この満足感は代用芸術から得られた擬似的な満足感であり真性のものではないという。

一方、ジョルジュ・ブラックの絵は、描かれた図像が絵の内容ではない。いや、そもそもロックウェルの絵でいえるような内容というものを持っていない。描かれたギターやリンゴは観客の私的な感慨を立ち上げるに足る、記憶に結びつくものではなく、その形や色は絵画という機能を成立させるためだけにある。観客は絵だけが持つ要素、平面性、あるいは物質性を見出し、イリュージョンという絵画の制度がその絵画の要素に対し、どういう処理がなされ、どう機能しているかだけを見出す。こうした一連の確認と納得の結果、観客は大いに満足を得る。

そしてこの満足感こそ真性の芸術から得た真性の満足感であり、一般大衆は一般大衆から離脱しない限り到底得ることができないものであるとされる。であるならば、一般大衆でない人達とは一体、どういう人達で、そこで得られる満足感とは一体、どういう満足感なのか。

「信ずる者は救われる」という文言を思い出さずにはおられない。

グリーンバーグは解らない(1)
グリーンバーグは解らない(2)

グリーンバーグは解らない(3)

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