美術家 N.H様

 今回の災害で、私の中の津波のイメージが一新されました。津波って本当に怖いですね。岩手にお住まいのご兄弟がご無事で、本当によかったと思います。

 今回の津波のエリアには、私の親類縁者はいませんが、福島原発の付近に親類が住んでおり、とても心配しております。福島原発はどんどん悪い方向に向かっているようです。
  それに政府の発表や報道機関の情報からは、原発内部で本当の所、何が起こっているのか、又、何が起ころうとしているのか、あまり伝わってきません。

  万が一に備えての半径20キロの避難であるとか、人体に影響のない放射線量が絶えずモニタリングされているとか、国民に対し、真実の公表より不安を煽らないことを最優先にしているとしかいえないような姿勢が図らずも見えてしまいます。
   もしかしたら、政府や報道機関は、又、東電や研究機関でさえも本当の所、原発内部で何が起こっているのか把握しておらず、既成のマニュアルから導き出した対処療法をしているのに過ぎないのではないかと、フト、想像したりなんかすると、不安の霧がますます目の前に立ち込めてきます。

 下の画像は去る3月13日に行われた外国人特派員協会で行われた、原子力資料情報室の記者会見の様子です。
  もちろんこの時より事態は深刻になっていますが、その時点での政府や報道機関が報じた映像やデーター、対処等から福島原発で起こった、あるいはこれから起こるであろうあらゆる可能性が、踏み込んで論じられています。
  論者は元東芝原子炉格納容器設計者である後藤政志氏です。彼は技術者の視点から、政府発表や報道機関から推測される対処療法にツッコミを入れるという立場を貫き、門外漢の私などからすると、説得力と迫力を感じます。
  しかし、この会見からも科学技術とは既成のマニュアルの集積でしかないことが解ります。そして近代自然科学の進化に問題点があるとするなら、彼らが思う現実の世界、客観として実在するリアルな現実の世界という位置にあるのではないのかと思ったりしています。

   我々が信じる現実の世界(リアリティ)とは、言ってみれば、こうした既成のマニュアルの積み重ねによって構築された単なる建造物なのかも知れません。たとえば目の前にある岩を計測し、長さが何メートルで、幅が何メートルで、重さが何キロであるとか、温度が何度Cであるとかという数値に置き換える。又、これは「岩」というものであり、それは「空気」に包まれている等、言葉に置き換える。

  こうして言葉や数値、あるいは数式に置き換えられたものが現実の世界(リアリティ)であり、又、その言葉や数値が、客観的に実在し信頼に足るという現実世界(リアリティ)の唯一の根拠となります。
 しかし、その根拠となる言葉、数値、数式はあくまで人間が作った制度であり、そこから構築された現実の世界(リアリティ)とは、あくまで人間による建造物に過ぎないのではないかということです。つまり、近代自然科学の本質は「現実の世界」の位置する所を大前提とした上に成り立っているということが、今後の問題のよう思えてなりません。

 先日、3DCGのソフトを用いて鋳造作品を創るという貴方のお話に、何か引っかかるものを感じたのは、こうしたことが理由となるのかも知れません。3DCGソフトのことはよく知りませんが、少なくともそれは、計測による数値の代入(客観)が作品を規定する…というものではないでしょうか。  …美術鑑賞、評論(にほんブログ村)

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