80年代の流行語に「点目」「点目になる」「目が点になる」というのがありました。この言葉はかなり流行り、87年には日本流行語大賞を受賞し、そして多くの事典に記載されるまでに至ります。

 たとえば「現代用語の基礎知識'87」(自由国民社)には「目が点になる…びっくりして見つめる」、88年版には「目が点(になる)/点目…びっくりする。漫画から」とあります。又、98年発行の広辞苑第5版には「目が点になる…(漫画で目を点のように描いた表情から)驚きあきれる。唖然とする。」98年増補版の大辞泉には「目が点になる…(漫画で目を点のように描いて驚きの表情をあらわすことから)びっくりする。驚く。」用例として「いきなり裸になられて、目が点になる」といった具合です。
 このことから解るように、流行語「点目になる」はマンガの図像表現を言葉にしたものです。

 当時、このマンガ表現は多くのマンガ家に共有、使用されており、いくらでも見ることが出来ました。そして目を点で描かれることにより登場人物の微妙な心理状態を読むことが出来たのです。この微妙な心理状態は多くのマンガ読者に共有されていたと思います。

 言葉「点目になる」はそうした共有される微妙な心理状態が指し示されており、それが辞書に取り上げられ、「驚く」や「びっくりして見つめる」という意味が充てられた時、私は違和感を持ったのを覚えています。何かしっくりこない。広辞苑の「驚きあきれる。唖然とする」が意味として一番近いと思いますが、これも幾分ズレがあると思います。

 どこかのマンガ家が特定のシュチエーションにおいて登場人物の目を点で表す。それを見たどこかの読者が、その登場人物の表情から微妙な心理状態を読み取りそれを「点目になる」と命名する。だから「点目になる」という概念は目を点で描くことによって生じた登場人物の微妙な心理状態をあらわしていて、広辞苑の「驚きあきれる。唖然とする」はあくまでその翻訳といえるでしょう。

 そしてここに重要な問題が生じます。広辞苑の「驚きあきれる…」をその翻訳として採用するなら、目が点で表された図像と「驚きあきれる…」がどうして繋がるのかという問題です。又、反対に「驚きあきれる…」を表現しようとしたどこかのマンガ家が登場人物の目を点で表したのは何故かという問題です。

 もし、絵とは現実(リアリティ)を再現(表象)したものであるとするなら、現実の「驚きあきれる…」人の目に少なくとも点となる兆候がなければなりません。図像「点目」が極端なデフォルメというなら、なおさらです。たとえば一般的に「驚く」という表現に「目を見開く」があり、目を大きくデフォルメするとされますが、この場合、点(収縮)は真反対に位置します。つまり再現(表象)という観点からいえば、現実の人の姿形と図像「点目」を結びつけられる要素は何も無いと考えられます。過去の絵画表現やイメージできる人の表情に「点」に結びつくものがあるでしょうか。「驚く」「びっくりする」「見つめる」「凝視する」「唖然とする」がどうして「点」なのでしょうか。そして言葉「点目」は明らかに図像「点目」を命名したものであり、図像が言葉に先行しているのです。

 結論をいえば、図像「点目」は現実の人の表情を再現(表象)したものではないということでしょう。ここでいう現実の人とは、実在としての見たままの世界に居る人です。図像「点目」はそうした現実の人の形体やあるいは言葉が持つ概念とは完全に独立していて、それ自体に独立した概念、あるいは心の動きが伴っており、それにより現実世界(うつつ)を規定、構築する、いわば言葉(言語記号)のような働きを持つのではないかということです。音声を伴わない言語記号のようなものです。

 ちなみに言葉(言語記号)は現実の世界(リアリティ)との繋がりに必然性は何も無いのです。たとえば言葉「犬」は現実の「犬」を指し示しますが、その言葉「犬」というものは実在の犬を再現描写したものではなく、たまたま「犬」であり、恣意的です。そして言葉「犬」が持つ概念によって、犬を規定し、狼と区別されます。犬や狼が居るのは「犬」や「狼」という言葉が持つ概念があるからです。言葉は社会集団において共有され、そのことによって概念が成立し、又、変化もします。たとえば「ナガメ」という言語記号は「長い雨」から「眺め」という概念に変化したといわれています。そして図像「点目」の概念も同じように変化したのです。

 どこかのマンガ家は「驚きあきれる…」を表現したくて点目を描いたのではなかったということです。恐らく原点となるマンガ家とは谷岡ヤスジであり、彼の表現に関し、山下洋輔がエッセイ で「点目」と命名し、取り上げ、解説をしています。「点目とはキレて大暴れをする直前の人の目」だと…。

点目の記号論(3)へ続きます

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