マンガに馴染んだ人なら、あるシュチエーションで、現実の人の表情に「点目になる」「目が点になる」が読めるということに同意してもらえるとか思います。そして長年に渡るコアなマンガファンなら(実は私がそうなのですが、)キレて感情のコントロールが効かなくなった現実の人の目に、「点目」を見ることが出来るということにも同意してもらえるかと思います。

Scene28

  現実の人の目が本当に点になるわけではありませんが、マンガにおいて「目が点」になった人の微妙な心の動きを、現実の人に当てはめて見てしまう訳です。
 統計を取って調べた訳ではありませんので、こうしたことが実際にあるとは断言は出来ませんが、経験上から、私はあるのではないかと思っています。そしてもし、こうしたことが日常的に起こっているとすれば、今、常識として考えられているかなりの部分の修正が必要になるでしょう。

 (1)マンガの図像は、見ることによって抽出される実在のモノの特徴を再現描写したものでは無い。
 (2)マンガの図像はそれ自体に独立した概念が伴っている。その概念は社会集団の共有と使用により生じる。
 (3)その概念によって、現実世界を構成する。

 ということになり、この時点でソシュールの言語観に大きく外れてしまいます。ソシュールは概念を伴うものは(聴覚印象優位の)言語記号に限定しています。言語記号と図像は明らかに異なったものとして区別されているのです。又、上記の(1)(2)のマンガの部分を絵や絵画に置き換えるなら、(置き換えられないという根拠は何も無いと思います。)西洋の絵画観、あるいは世界観に大きく外れてしまいます。そして何よりも、こうした世界観により構築された社会制度のかなりの部分に大きく外れてしまいます。影響の大きさから見れば、コピーライト(複製権)が大きな問題となるでしょう!?

 しかし、それと引き換えに忌避され、忘れ去られた日本の創作原理(「写し」や「書詩画一致」の原理など)、あるいは今現在、沸々と沸き起こっているサブカルと呼ばれる文化現象に、整合性を持って説明出来、正当性を付与することが出来るのです。

 「点目」が見ることによって抽出される実在の人の特徴を再現描写したものでは無く、その意味性、概念性が社会集団の共有と使用により生じる一種の言語記号のようなものとするなら、これは正に江戸期まで絵師が行っていた絵手本の写しによる制作方法と一致するということです。絵手本(粉本)を写すということは「点目」が多くのマンガ家に共有、使用されていた制作行為とまるで同じであり、「写し」は図像に意味性、心の動きを生むための必須の条件ということになります。「写し」が無ければ、たとえば「驚く」という図像の意味性が成立しないということです。

 少なくとも美少女フィギュアー、たとえばフィギュアー「ラム」のある感情を伴った表情というのはマンガのラムの表情を写したものというのは確かな事実です。そのことからいえば、あるいはマンガの制作方法から、そのマンガのラムの表情は別のマンガを写したものであり、そのマンガの表情は別のマンガを写したものであるという風にどこまで遡っても実在の人の再現描写には行き着かないとする考えが成り立ちます。
 これは信貴山縁起絵巻にも当てはまります。このある感情を伴った表情はこうした「写し」という行為があればこその図像自体に備わった意味性であり、この行為が無ければこうした表情は成立しないということです。これがキャラが立つということであるだろうし、二次創作物が流行る所以です。

 そしてその表情、意味性をもって現実を見る、つまり現実を構成するという可能性に繋がります。たとえば犯罪捜査に用いられる似顔絵の効用が挙げられ、その解釈の整合性を説明出来ます。
 容疑者と遭遇していない似顔絵画家は、いってみれば、目撃者の言葉だけを頼りにそれを図像に翻訳出来るということです。そして翻訳された図像(似顔絵)を見た一般の人は、記憶にある知人とそれを結び付けます。「これはあいつではないか。」…と。つまり記憶にある現実のモノ(人)は図像(似顔絵)によって構成されているということです。そしてその図像(似顔絵)は皆に共有されているということになります。
 又、コスプレはマンガの図像を現実に規定するといったことをストレートに表現しています。その表情、シルエット、立ち居振る舞いはマンガの図像を規範として我々は認識に至ります。それは冷静に見て、たとえば物差しで計ったりして二者の違いを理解したとしても、やはりその認識は残ります。その認識自体、耐えられないという人が多いことも事実ですが。

 重要なことは、「点目」は見たままの実在する人の表情を再現描写したものでは無く、又それは西洋のリアリティ、オリジナリティという考えに、真っ向から対立するということです。(つづく)

点目の記号論(1)
点目の記号論(2)
点目の記号論(3)
点目の記号論(4)
点目の記号論(5)

美術ブログランキングに
参加しています
他メンバーのブログはここからどうぞ
どうぞよろしく…

にほんブログ村 美術ブログ 美術鑑賞・評論へ
にほんブログ村