先日放映されたNHK日曜美術館~尾形光琳「紅白梅図屏風」に新事実~には何か釈然としないものを感じる。それは遡ること2004年8月21日に同じNHKが制作放映した、NHKスペシャル「光琳 解き明かされた国宝の謎」で巻き起こったセンセーショナルな大騒ぎは一体何だったのかと思うからである。
 前回の番組は東京文化財研究所の調査結果を受け、制作されたものである。

 その調査結果とは、主に東京文化財研究所の早川 泰弘氏が行ったポータブル蛍光X線分析装置による材質調査データによるものであり、それによると紅白梅図の金地の部分は金箔ではなく、金泥が塗られており、又、川の部分は銀箔が硫化したもの、あるいは剥離したと今迄考えられていたのに対し、銀の成分は全く検出されなかったというものである。その分析データにより、紅白梅図一面にある箔足によると思われていたグリッド模様は、手描きされたのであろうという結論だった。(註1)

Photo
NHKスペシャルwebページより

 このショッキングな結論を受け、番組内容の大部分は、何故、光琳は箔を使用したかのように箔足を手描きしたのだろうか。あるいは、せねばならなかったのか。ということに集中し、その解釈が登場する評論家の自説により展開されるのである。
 私はこの番組内容に違和感を持ったし、金箔職人として、又、絵描きとして、それは(箔足を手描きするなど)ないだろうと思った。

 そして今回、東京理科大の中井泉教授率いるチームが粉末X線回折計など4種類の高感度分析装置を用い、前回の東京文化財研究所の早川氏のデータを覆し、今迄思われていた材質(金箔と銀箔)と技法によるものだと再び落ち着いたのである。

Photo_2
NHK日曜美術館webページより

 異なる結果が出たことについて、中井泉教授は「分析機器の能力が飛躍的に向上し、作品と調査機器との距離を縮めて精度を高めたからではないか」などと説明。同美術館の内田篤呉副館長は「今回の発表は金箔説を強く打ち出したものだが、現段階で結論はつけられない」と話している。(毎日新聞2010年2月15日付)

 この時点でMOA美術館副館長は慎重であるが、今回、日曜美術館は「新事実」として従来からいわれていた材質(金箔と銀箔)と技法の一つを日本画家、森山知己氏の復元作業を見せることで組み立てるのである。
 こうした番組を見せられて「ああ、そうだったのですか。」と素直に納得する訳にはいかないだろう。自ら作った確信的に反対方向を向いた前の番組に関し、少しは言及すべきだし、その時、各方面から出た反論にも留意すべきだろう。そして今回において東京文化財研究所にも取材するべきだと思う。

 恐らく前回の東京文化財研究所の発表は、99年に開発され源氏物語絵巻や平等院鳳凰堂板壁絵の材質調査に成果を挙げたというポータブル蛍光X線分析装置の過信と、その功を急ぐ余りに、その時出された反論に充分向き合えなかったことによるフライングで失点だろう。それというのも、その時出された反論に今回東京理科大が注目した要素の一つが既に、かなり具体的に提出されていたのである。

 その要素とは箔の厚みと製造法である。
  縁付き箔とは一般的に用いられる断切り箔に比べ、薄く高価な高級箔である。そして江戸時代にはもっと薄い箔があったというのである。それと製造工程による形状と金の純度である。東京文化財研究所が数値を比べるためサンプルに用いた現代の箔は、紅白梅図に使用された箔より厚く、金の純度が高かったという指摘が東京理科大のチームから出されている。

 しかし、それより以前、東京文化財研究所が発表した時点で、その指摘を提出した人がいるのだ。
 金箔や銀箔で生計を立て、それを知り抜いている専門家が「箔足を手描きで描くなど光琳であろうとも考えられない。」とするならば、分析装置で得られた金の純度の方を問題とするのは当然である。それ程この結論は、箔を知らない人の考えからきているのだ。そう指摘するのは京都の老舗の箔屋を営む職人であり研究家でもある野口康氏だ。彼は東京文化財研究所や各方面に論文にして指摘したという。(註2)

 野口氏は京都で金箔を扱うことにおいては私と同業であるのだが、専門分野が違うことにより、美工の先輩という一点を除き接点がなく、面識もない。
 彼の専門は「引き箔」といって和紙に箔を施す織物系の専門家で、私は硬物や塗り物に箔を押すいわゆる仏具系の職人だ。そして和紙に箔を施すということにおいて、彼は紅白梅図にある箔が手描きされたフェイクであるという東文研の結論は、永い蓄積された経験と知識において間違いであると確信されたのであろう。

 そしてこの時点で野口氏は正しかったのである。そして東文研の見解は誤りであり、その誤りのセンセーショナルな部分だけを出発点として制作され、騒ぎを拡大したのがNHKスペシャル「光琳 解き明かされた国宝の謎」であったのだ。又、今回日曜美術館は過去のこうした経緯には何も触れず、「新事実」として元から考えられていた素材と技法による復元作業を見せるだけである。
 日曜美術館が見識ある美術の番組というのなら、もう少し自身が絡んだ過去の経緯に言及してもよいのではないのか。暇人が時間つぶしに見るバラエティーやエンターテイメントの類というのなら話は別だが。

(註1)尾形光琳筆 国宝紅白梅図屏風
(註2)
尾形光琳「紅白梅図屏風」論争について こくた恵二 Web Site

美術ブログランキングに
参加しています
他メンバーのブログはここからどうぞ
どうぞよろしく…

にほんブログ村 美術ブログ 美術鑑賞・評論へ
にほんブログ村