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 岩本沙弓著「バブルの死角」において私は、今回の三党合意の消費税アップに関し、長らく解消されなかった疑問があっさり解けたのである。…そういうことだったのか…と。
 言うまでも無く消費税という付加価値税のアップは国内を基盤にする業種にとって、特に我々美術、工芸に拘る業界にとっては大きな痛手を被るだろう。それでなくとも廃業や後継者問題に悩み、切れかけたロープの細い繊維を頼りに持ちこたえてきた文化の継承が再来年の10%の消費税により悉く粉砕されるかも知れない。
 それはもちろん、長きに渡るデフレ不況下において消費者の総数が減少しつづけていという問題が既にあるからに他ならない。…消費者?

 …ところで消費者という言葉はいつ頃から流通しているのだろうか。私が子供の頃、消費者という言葉は無かったのではないか。…確かに無かったはずだ。
 これは購入者であり、購入とは価値と価値の交換であり決して消費ではないはずだ。たとえそれがサービスであったとしてもだ。ましてや流通する物品は等分の価値と交換される。ところが交換された多くの物品が、交換されたその瞬間、半分の価値、あるいは10分の1、100分の1の価値に成り下がるのは如何考えても不自然ではないか。エネルギー保存の法則に反している。これは消費者という言葉が原因しているのではないのか。これが現代経済学の用語であり概念であり、そして志向性なのか。

 …長らく解消されなかった疑問とはそんなことではない。もっと不可思議なことだ。つまり消費税、あるいは大型間接税の導入とは本来デフレ不況ではなく、インフレあるいはバブル対策のはずだ。ものの値段がある期日を持って突然0.5割、一割もあがるとなると誰もが購入を控えるのは当然のことであり、誰もが予想することだ。そして前回二度の消費税導入、追加の折は予想通りの展開になった。

 物の値段が突然上がる。購入者は購入を控える。小売業者やメーカーは減収となり国への法人税が減少する。それにより従業員の給料は減らされ、彼らが支払う所得税が減少する。あるいはリストラされ、生活保護を受給される人が増える。それにより購入がさらに減少し国の支出が増大する。そうして消費税導入前に比べ国への歳入がトータルで減少すれば消費税を上げる意味など何もないではないか。国債の発行高が増えるばかりだ。
 こうした解りきったことを又繰り返すのか。増してや今回はデフレ不況の最中でありそれが多くの点で解消されていないのにも拘らずだ。

 しかし我々には何のメリットもないようだが、それによってメリットを享受する人もいるのだろう。そうでないと理に合わない。一体誰が得をするのか。

 いわれていることだが、それは財務官寮であり、その権力と既得権の拡大と安定だ。そうすることにより彼らの生涯を天下りの確保や名誉の保持において確たるものとなるのだろう。そしてそれを追行する為、政治家を言いくるめることなど容易いことなのだろう。ヘンな話だが、個人的にはこのメリットは理解できないこともない。もし私がエリート官寮だったならば、ひょっとすると国民の難儀を解っていながら無視をし、政治家を言いくるめるのに努力するかも知れない。しかしこれは何ともならない立ち居地を見越した上での儚い仮想だ。それを表立って賛同する訳では決して無い。

 しかし何とも理解できないのは以下の項目であり、そしてここからが本題だ。

 それは過去二回と今回の消費税アップに関し、経団連、経済同友会が反対はおろか強く賛同していると見えることだ。彼らは日本の主要なメーカーであり企業である。消費税アップにより不況は今までよりさらに加速し、減収が見込まれるというのに何故賛同するのか。少なくとも、規模は大いに異なるが私の工房は確実に減収するだろし、それ故、私は賛同など決してしない。共産主義は嫌いな私であるがそれに反対するという理由だけで共産党に一票を投じたくらいだ。

 外資系金融に長らく身を置き、実績を重ねたという著者岩本沙弓はこの点に関し疑問を抱く。経団連、経済同友会は何故消費税アップを賛成するのかという私と同じ疑問を抱いた訳だ。そして彼女は過去の事実としてのデータを調べそこから類推する。この手法は私が最も敬愛する手法であり見習うべき手法だ。そして我々には知らされていない消費税の死角を照射するのである。

 それによると戦後まもなくGHQの要請により課税の公平性を勧告するシャウプ勧告とやらが出された時、当時施行されていた間接税である物品税などの廃止を各主要経済団体が政府に訴えるのである。これは至極真っ当な訴えである。しかしその後、ある時を境に同じ経済団体が180度態度を変えるのだ。そこには一体何があったのか。

 その原因となる出来事は1948年に発足したGATT(関税と貿易に関する一般協定)でのフランスの動向だ。
 フランスは輸出を伸ばす為、ルノーなどの企業に法人税を引き下げるなどの補助をしていたのだが、これが協定違反になる。そこでフランスは粘り強い交渉においてある文言を引っ張り出すのに成功する。
 それは国境をまたぐ輸出品の税に関して直接税の調整は認めないが間接税ならそれを認めるという文言だ。
 この文言はGATTが採用する「消費地課税の原則」が絡み、強い力を発揮したのだ。「消費地課税の原則」とは輸入品はその消費地である自国が課税し、輸出品は税を免除するというものだ。その上で輸出品に間接税の調整が認められるなら、生産、卸売、小売の各段階で徴収した税を輸出企業に還付できるようになる。輸出還付金。これだったのだ!
 そこで欧州はこぞって消費税を導入する。

 欧州の消費税に関するこうした動向はもう一つの理由が拘っている。それはアメリカとの攻防だ。私はこの本を読むまでまるで知らなかったのだが、それはアメリカの消費税は消費税ではないということだ。つまりアメリカの消費税は付加価値税ではなく小売売上税なのだという。これは小売において消費者から税を預かり、それを当局に申告し納税することで完結するのだという。つまり生産、卸売、小売の各段階で税の控除という作業が行われ、従ってアメリカの輸出業者には輸出還付金は発生しない。
 これは何を意味するのかというと、例えばアメリカが欧州に輸出する際、物品に欧州の消費税20%を上乗せられ欧州の消費者に売られる。反対に欧州からアメリカに輸出する際は欧州の輸出業者に20%の還付金が支払われ、それを購入するアメリカの消費者は小売売上税を上乗せされるだけだから、最大で40%の価格競争力の差がつく。これは言ってみれば同じランクの物品に対し最大で40%の価格差を設定できるということになる。

 欧州の消費税導入が早かったのも、又、税額が軒並み高いのも、これが大きく原因しているのだ。著者岩本沙弓はこれを「影の補助金」と呼ぶ。
 消費税とは本来的に輸出を促進するための「影の補助金」という性格を持っていたのだ。

 これによってアメリカは貿易赤字が膨らみ、著者が示すグラフによると、当時金の兌換制を敷いていたアメリカの金の半分以上が欧州に流れ込む。そして金本位制廃止を告げるニクソンショック、そしてプラザ合意へと続くのだが「影の補助金」制度は未だ生きているのだ。

 日本の消費税導入が各国に比べ遅かったのは、そして5%と低く据え置かれているのは、そうした状況を鑑みる同盟国アメリカへの配慮ではなかったかと著者はいう。しかし、経団連や経済同友会が消費税アップを強く後押しする理由はこれで納得がゆく。そして今にして思えば、消費税が内税方式に変えられたのもこれが大きく原因しているのだろう。つまり、大手企業は10%の輸出還付金を受け取る一方、納入業者や下請け業者には消費税分をできるだけ払わないでおこうとする構図の構築だ。
 実際、納入業者や下請け業者などの中小企業には消費税が還元されていないというデータがある。そして驚くべきことに巨大企業を所管するおおよその税務署は消費税収分を赤字計上しているのだという。これは消費税収分より輸出還付金が上回っていることを意味し、大きな不公平の上にこのシステムが動いていることを意味している。
 この問題の本質はどうやらここなのだろう。ここに消費税アップで最大のメリットを享受する人たちがいたということだ。

 最後にアメリカは対外的に苦しい経営の要因になる小売売上税にこだわり、付加価値税を何故導入しないのかということだが、これはこの著作のメインテーマの一つの要素となっているのだろう。実は消費税に関する項目は、この著作の極導入部であり、メインテーマは世界最終バブルとその崩壊という恐ろしい話である。生き残りたいと思う人にはお勧めだ。

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