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この絵は前回に続いてPagan氏の小学校6年生の時制作したべニア版画だという。小学校6年生というから12歳だ。そしてこの絵は前回の8歳の絵に比べ、子供の絵の特徴が随所に現れている。つまり早熟さが薄れ、教師たちが喜ぶであろう子供らしい絵となっている。

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 前回の絵は一瞬を切り取り、定着させたという感じがあるが今回のべニア版画にはそれがなく、全体的に説明的だ。説明的だというのはこの絵を構成する要素のそれぞれが意味を持ち、概念的だということだ。  これを納得してもらえるよう説明するのはのはなかなか難しいのだが、例えば皿の上のリンゴという対象物があったとする。これを絵にする場合、対立的に分類できる二つの方法がある。

 一つは「皿の上のリンゴ」という意味性を悉く放棄し、目に映った像の輪郭線をひたすら機械的に抽出するという方法だ。もう一つは「皿の上のリンゴ」という意味性に依拠し、その概念に伴った図像を充てるという方法だ。

 前者の発想の根源は透視法であり、それはカメラオブスキューラや透写装置の実践において導かれたものだ。そうした発想が8歳や12歳の少女に宿るということはあり得ないことではない。しかしその実体が本当にそうであるかということは彼女がサヴァン症候群のナディアの能力を持ち合わせていない限り、それは不可能だと思うのだ。つまり、そう信じているだけなのだ。

 人間は人間本来の機能において絵を描くということは、全て後者の分類に依るものだと思う。そして将来においてその子供が絵の才能を発揮する可能性は、全て後者の範疇で鑑みられなくてはならない。しかし現在の教育において前者の神話の浸透がその可能性の多くをを阻止していると思わずにはいられないのだ。少女Pagan はその教育にあまりにも従順だったのではないか。

 前者の方法が人間の機能において神話として成り立つ不可思議は、一般より少しでもこの分野に立ち入ることで容易に解るのではないかと思う。つまり「意味性を悉く放棄し、目に映った像の輪郭線をひたすら機械的に抽出するという方法」が如何に難題で、装置なしでそれをやり遂げることが如何に不可能な課題であることをだ。そしてこれが重要なところであるが、この神話が現代において実質的には既に重要視されていないということだろう。

 ここに単純ながらもこの課題が如何に不可能であるかという、その一例を提示したいと思う。

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 その課題とは上の図を出来るだけ正確にスケッチブックに写し取るというものだ。この課題の実践を試みた人は、上記の「対立的に分類できる二つの方法がある。」ことを即座に納得していただけるのではないかと思う。  一つは意味性を悉く排除して目に映った像の輪郭線をひたすら機械的に抽出するという透視法的方法だ。この方法の合理的実践は、トレーシングペーパーをモニターの画面にあて、それをなぞりスケッチブックに転写する方法だ。そしてその次に有効なのはスケッチブックを画面上に近づけ、つまりモニター画面とスケッチブックを同一視野に入れ、それを描き写すという方法である。この2番目の方法は1番目より精度が落ちるが、しかし前者の方法をやるにはおおよそこの2つの方法しかないだろう。

 もし、スケッチブックをテーブルに置き、モニター画面を交互に見て、その前者の方法を追行しようともそれが不可能であることを直ぐに気付かれると思う。  つまり少なくとも同一視野に無い限り、前者の実践は不可能なのだ。

 その場合、スケッチブックをテーブルに置き、モニター画面を交互に見る場合は、概念、つまり意味性の仲介が必要となる。例えば「横長の長方形に三つのスリットがある。下に二つで上に一つ。下の左スリットは残りの二つのスリットより切れ込みが大きい。そして長方形には横に10個、3列で計30個のドットが配列されている。」等々。つまり一瞬間であっても視覚に映る図像それ自体は記憶できないのである。記憶できるのは意味としての概念なのだ。

 こうして描かれたスケッチブックの図像は前者と似ていても意味合いが大きく異なる。前者の図像は意味性を負っていないのに対し、後者の図像は意味性を負っているということだ。つまりその場合、意味性に対応する図像が記憶、あるいは知識としてどれくらいアーカイブしているということが重要になるのだと思う。  ピカソの天才性は前者の方法においてその神話の形成に加担するものだが、しかしその真相は一般に思われているものとは大いに異なると思う。ピカソは幼年期、その過激な早熟性において大人を凌駕する知識を持っていたのである。その知識とは意味性に対応する多くの図像、あるいは描き方である。  幼いPagan氏はその従順性において、その神話を信じ切り、その才能を伸ばす機会を早い段階で逸してしまったのではないか。 
  …これは残念というしかない。

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