中島伽耶子は越後妻有アートトリエンナーレ2015に金継ぎの家を出現させた。

PhotoPhoto Toyonaga Seiji

 この仕事が非常に興味深く、感慨深く、そして何より美しいのは、少なくとも古い家屋のリアルな重厚な質感と、それと対比する超越的な金が織りなす文様の感覚的幻想美だけではないと思うのだ。

 これは「金継ぎ」という技法の歴史的意義が生かされているが故の、重層的で、そしてある意味、必然的な結実であると思う。

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 よく見ると、壁や床に印された金の文様は、作家が自由にドローイングしたものではないと解る。
 その文様は、家屋として何代にも渡り使用されたことによる、亀裂やキズを金で補修したことにより浮かび上がった文様であり、それは家屋がそこに至った、それ自体が持つ記憶以外の何物でない。そして何より、金での補修は、その記憶を含め家屋が持つトータルな価値を次の世代へ使用を前提に引き継がせるという目的を持つ。これが金継ぎの意義だ。

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 本来的に金継ぎは金の高価さもあって、陶磁器が対象に行われる。

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 上は私が愛用している極一般的なランセルのティーポットであるが、数か月前、不注意にも落とし、取っ手の部分を破損してしまった。
 使い勝手が余りにも良かったので、修理しようと思い、どうせやるなら金継ぎによる修理を試みた。
 金継ぎとしての「景色」はあまり良くないが、今では愛着が増した他は、全く以前と同じように普通に使用している。

 ここで何が言いたいのかというと、金継ぎの根本的概念は、使用を前提とした出来るだけ善しとする修理の方法の一様式であるということであり、それはこのティーポットに一つの歴史を刻み付け、出来れば次の世代に使用を通じて引き継がすということを意味している。
  つまり、陶器職人がティーポットを作り、私が取っ手を破損し、金継ぎによる修理を施し、尚も使用し続け、出来れば次の世代にも使用して欲しいと望む。これがこのティーポットに与えられた、トータルな価値であり、歴史であり、価値の継承であり、それが日本の芸術の底流に流れる重要な根本的原理だということだ。
 しかし、そのことにおいて、西洋由来のアートはそれを認めない。

 西洋においては「修理」を認めず、「修復」だとする。

 例えばこのティーポットが名のある名品であり、金継ぎの状態で古道具屋で発見されたとする。その時、美術館や博物館が行うことは「修復」作業である。

 「修復」とはそれを作った作家や職人のオリジナルに極力戻すことであり、当然、金継ぎの部分は排除され、もとの材質、形状に戻すことに労力が注がれ、ティーポットに付加された永い歴史、経緯は修理の痕跡と共にことごとく排除される。この観点からは理論上、修理を目的とし、オリジナルに手を加える金継ぎとはそれ自体排除されるべき技法、様式だと言える。

 運よくオリジナルに「修復」されたなら、今度はそこから「使用」という用途を剥ぎ取り、美術館や博物館に安置される。これが「保存」であり、これが「保存修復」の概念である。

 西洋由来のアートはこうした概念により成り立つともので、作品はアーティストという個人の創作であり、それは「使用」から切り離された純粋な仕事であり、それがfine artである。
 しかしかつての日本には「保存修復」の概念は無く、「修理」であったし、それは「使用」からは切り離せないものだった。
 工芸や建築だけでなくあらゆる芸術がそうだったのだ。そのことから言えば、金継ぎという技法、様式は、その何物でもないし、その象徴だといえる。そしてその存在自体が西洋由来のartと理屈上対立するのだ。

 その技法、様式を今回、トリエンナーレで中島は古い家屋に応用、接続したのである。

 今回の中島伽耶子の仕事に対しては、以上のことは深読みかも知れないし、私の勝手な希望かも知れない。しかし中島が金継ぎという技法、様式を取り上げ、古い家屋にそれを適用したこと、あるいは越後妻有アートトリエンナーレという現代美術の展覧会に金継ぎを接続させたということは、アートという西洋由来の文脈への価値ある挑戦、あるいは異議申し立てと私は解釈したいのだ。

 彼女が今回の展覧会で出現させた金継ぎの古い民家は、冬が来る前に解体されるという。これ自体、金継ぎの用途と外れるのだが、…しかし作品タイトル「最後に継ぐ家」は最後に金で継ぐと同時に、展覧会を通じて、こうした価値を見直し、引き継ぎ、継承してゆく、「継ぐ」文化としての重要性を世界に発信していると私は解したい。

 …私の深読み、勝手な希望かも知れないが…。

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画像:撮影/ 豊永政史
    提供/ 中島伽耶子

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