3月17日、京都市美術館において「生涯とゆかりの名宝」という副題の親鸞展が開幕した。これは浄土真宗の各寺院で行われる宗祖親鸞聖人の750回忌の大法要を記念し、又、浄土真宗10派の連合体である真宗教団連合の設立40周年を記念した展覧会であるという。そこには親鸞直筆の国宝「教行信証」をはじめ、安城御影、親鸞聖人坐像などが展示されている。そして26日には京都国立博物館において法然展「法然ー生涯と美術」の開催が控えている。
私はこうした品々が美術館や博物館という場で、展覧されるということに非常に大きな意味があると思う。しかし「大きな意味」とは肯定的にいっているのではない。西洋において考えられた制度としての美術館や博物館で、我国の信仰の対象を展示するということは、こうした品々を西洋流の美術品や、単なる学術的資料に変えてしまうということになりはしないか、美術館という制度が強制する「美術」というあり方に変貌させられるのではないか。そして、この価値の変換は大きな問題を孕み、熟考を要するのではないかということだ。
特に西洋がもたらした「美術」という考え方の出自は、日本における信仰の形態と、その形態に深く係わり創出された品々のあり方とは根本的に異なり、相容れないものだと思うからだ。
たとえば西洋には「偶像崇拝の禁止」ということがあり、これが「美術」というものの出自に大きく係わっている。
旧約聖書のモーゼの十戒には「汝、偶像を作ってはならない」というのがある。これはアブラハムの神、つまりユダヤ、キリスト、イスラムは唯一神であるから、像(物体)の中には神はおらず、従ってそれ、像(物体)は偶像(イコン、アイコン)であるから、そんなものを作って崇拝してはならないという戒めである。一方、我国においては八百万の神を認める汎神論の立場を採り、岩や山、雲、雷、木、池、像(物体)などにそれぞれの仏神を認め、従って偶像は存在しない。この違いは大きく、そして重要である。
時代は進み、16世紀キリスト教世界において宗教改革が起こる。これは当時のキリスト教が退廃し、最早、真のキリスト教ではないと判断を下したプロテスタントによる改革である。
彼らは「偶像崇拝の禁止」という戒めを盾に取り、旧教会において盛んに作られていた像や絵画に攻撃を加え、破壊にも及ぶのである。彼らの立場からすると旧教会は像や絵画、つまり神像崇拝を行う異教徒であるということになる。だからそれを畏怖し壊す。あるいは壊せるのである。
そこで旧教会、カトリック寺院は自らの宗教芸術に対し、一つの見解を表明する。「権威の保持と神学的図像解釈の乱用を防ぐため」と銘打ったリーパの「イコノロギア」に代表される近代図像学に関する編纂と出版がそれである。ここで表明される見解とは「イコノロギア」というタイトルが示すように、これらの像や絵画には改革派がいうように、当然、神はおらず、あくまでイコン(偶像)であり、それらの図像は唯一神を指し示しているに過ぎない…と。その言い訳とも、居直りとも受け取れる見解から生じた図像解釈研究が近代図像学である。そしてそこから「美術」という概念形成の一部を担うことになる。
たとえばフェルメールの作品「信仰の寓意」は、リーパの「イコノロギア」に従い描かれたといわれている。
踏まれた地球儀は何を意味するのか。あるいは、床上の蛇は何を意味するのか。この意味するところは「イコノロギア」により指し示された意味であり、それは作者フェルメールの意図するものに他ならない。すなわち絵画の意味するものとは、絵画の背後にある作者フェルメールの意図であり、それにより絵画は、背後にある作者フェルメールの唯一性(オリジナリティ)において成立する。これが「美術」の出自であり、この「美術」を展示する制度を美術館というフラットな場所が担っている。つまり、観客は作品の背後に居る制作者と向き合い、その向き合う場が美術館である。
しかし、偶像(イコン)が存在しなかった我国においては、この構図はまるで当てはまらない。像(物体)は元より仏神、あるいは心、意味が宿り、制作者から自立しているのである。
作品の背後に制作者はいないし、従って、制作者の唯一性(オリジナリティ)など存在しない。観客は像(物体)に仏神を見、仏神により心が動くのだ。この違いは非常に大きいと思う。あるいは、この違いにより「写し」という西洋と真っ向から対立する制作原理が成り立つのである。その像(物体)が自ら持つ仏神、あるいは心、意味を共有されるものとして写されるのである。(前項目の「写し」参照)
以上のことから、我国における信仰の対象を美術館で展示するという、意味されることを熟考すべきではないかと思う。これらの品々は、「美術」という概念では到底計りきれないし、又、そうすることに大きな意味があるとも思えない。これらは本来あるべき場所で拝するのがふさわしいのではないかと思う。
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