カテゴリ: 京都駅に怒る

 個人的意見だが、私は京都駅の見栄えが好きではない。ポストモダンとかいう、ちゃらちゃらした装飾の多い、無国籍でアミューズメントパークのような駅が如何して京都に必要なのか、…と、京都駅に行く度にそう思う。
 これをデザインした人は…東京大学工学部建築学科卒業の原広司氏であるのだが…、街の景観というものを考慮するという能力をお持ちでなかった。あるいは、伝統建築の美の継承という思いが、すっぽり抜け落ちた頭をお持ちなのだろう。如何してこのデザインが選ばれたのだろうか。

Eki02

 烏丸通りを南進すると東本願寺の背後に巨大建造物が現れる。ここからの景観は京都タワーも含めて、まるで特殊撮影のはめ込み映像を見るようだ。

Eki03

 近づくにつれ近隣のビルに隠れ、その全貌は見えなくなるが、近隣のレトロなビル群と比べても、形態、スケールでかなり異質だ。

Eki06

 そして異次元空間へと人々は吸い込まれて行く。

 個人的意見だが、日本古来より継承されてきた美の脈絡とは何の関係も無い代物を、ましてや、継承されてきた美が多く残る京都の表玄関に据えつけるという権利が、はたしてJR西日本や行政、そしエリート建築家にあるのだろうか。

 当時、駅デザイン採用にあたって、海外から招かれたゲスト審査員を含めたコンペテーションが行われ、エントリィされた各デザインがマケットとなり、一般公開されていた。
 そして当時の荒巻京都府知事はコンペ終了後、コンペは世界的建築家と京都の見識によって行われたと言った。しかし実際はそうではなかったとする怒りの告発をした人がいたのである。そのコンペに審査員として参加していた哲学者、梅原猛氏である。彼も京都駅に怒っていたのである。

Umehara
1991年11月22日付け京都新聞

 梅原氏はそれから14年後、あのJR福知山線脱線事故を受けて、殆ど同じ内容の記事をAERA 2005年5月23日号に投稿されている。このコンペの一件に、余程お怒りだったのだろう。

 問題は談合とおぼしき疑惑を残してまでも、東京大学建築学科という権威が日本の主要な建築を牛耳ること、つまり日本の景観、都市創りの決定権を堅持しようとしたこと、そして、もっと問題なのは、その彼らが持つ、日本の古来よりの文化、美意識を未開と蔑視し、西洋のトレンドをひたすら踏襲するという明治以来の官僚的習癖だろう。
 そしてその習癖は、その設立目的を一にする現代の東京芸術大学という権威にも当てはめられるのかも知れない。

 少し前まで呪文のように唱えられていたポストモダンという言葉があり、作品形態がある。これは建築と美術の分野において顕著に見られ、それは西洋を信心する一握りの彼らの主導によるものだろう。そして街にはポストモダンを自認するビルや作品が林立し、街の景観を破壊してきたのだ。京都駅はその象徴だ。

 ポストモダンという概念は日本古来より継承されてきた美の来歴とは何の関係も無い。つまり、ポストモダンの前提になるモダン、あるいはモダニズムとは、我国においては明治の改革が原初であり、それは、それまでの多くの文化、美意識を未開の業として葬り去るという改革であったのだから。ポストモダンにはそうしたモダンを容認するという意味合いを含んでいる。

 文明開化の反意語は未開であることを忘れてはならない。

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~原広司著「空間<機能から様相へ>」を読んで~

Eki06

 当ブログ記事「京都駅に怒る」に幾つかの真摯な反論のコメントが寄せられました。その原氏の業績と見識と人柄を支持する方から是非読んでみるようにと勧められた原氏の著作の一つが「空間<機能から様相へ>」という本です。この著作を読めば京都駅、あるいは原氏の仕事への私の認識が変わるだろうということです。

 この本は1975年から86年に書かれた原氏の論考をまとめたものであり、従って97年竣工の京都駅ビルには、当然、この論考が色濃く反映されているだろうということです。そしてこの論考のキーワードは「様相」です。京都駅ビルに反映されているだろう原氏の言う「様相」とは如何なるものか、私は非常に興味がありました。

 とにかく読み応えのある本でした。あの京都駅ビルをデザインした原広司という私の印象が一変したといってもいいでしょう。モダンからポストモダンに移行する動向を幅広い知見により精緻に、あるいは高度に分析されているのです。そのツールは哲学、美学はもとより、美術、論理学、数学、政治学、民俗学、心理学、宗教学、文化人類学、言語学等に及んでいます。これには驚きました。そしてその精緻な分析にも拘らず、彼のクリエイトするという情熱と実際的な行動への胎動が底辺において貫かれ、それが一種の美しさを醸し出しているのです。とにかくいい本でした。

 しかし、だからといって私の「京都駅に怒る」の主張を易々と変える訳にはいきません。以下は「空間<機能から様相へ>」に対する疑問点と反論です。

Hon

 読み進めていく内に建築を美術の流れとほぼ一致して捉えられている著者のスタンスが見て取れます。つまりそれは工芸では無く、という意味です。そうした観点においては切実なる変化の待望という必然性に対し、自ずと日本と西洋に強弱が現れるのではないかということです。
 現代建築において、機能主義者が目標とした「標準」の完成は、機能概念を捨てた瞬間に成し遂げられ、そこに表出したものが均質空間であるとされます。そして均質空間は抽象芸術に類比され、ここにおいて著者はカンディンスキーの方針を引用します。

 「カンディンスキーはより具体的な方針を提起する。彼は表現上の三つのレベル、すなわち個人、民族・時代、空間・時間を越えるものを想定し、芸術表現は個人、民族、時間を突き抜け永遠なるものを表現しなくてはならないと主張した。」

 これは20世紀に入り急速に進歩した従来型の科学の表記法に依拠した方針です。これにより抽象絵画は使用するという用途性からの自立に加え、特定の場所、民族、時代(という意味性)を乗り越え、インターナショナルを獲得すると同時に、何物からも切り離された完全な絵画の自立性を獲得するとされます。

 建築の類比で言えば、例えば抽象絵画が掛かった画廊の空間です。機能概念を捨てた画廊の空間は抽象絵画に影響を及ぼすだろう一切の装飾が排除され、又、抽象絵画に影響を及ぼすだろう場所的、個人的な記憶を誘発するあらゆる痕跡、手垢などがことごとく消されていきます。これが機能主義が至った究極、均質空間です。そして画廊の均質空間はその機能をいかんなく発揮します。それはそこに展示する何物からも切り離された完全に自立した絵画という機能を機能たらしめるという機能です。
 そしてその機能は機能を限定し、強制します。恐らく今迄寺に安置されていた信仰の対象、例えば親鸞聖人坐像を画廊の均質空間に設置すると、それは信仰の対象から切り離され、一つの美術作品と化すでしょう。それはオフィスで働くホワイトカラーの管理職のインターナショナルな機能性にもあてはまります。つまり、その機能とは実質的機能では無く、カッシーラの言う象徴形式であり、制度なのです。その点において、切実なる変化の待望という必然性に対し、自ずと日本と西洋に強弱が現れるのではないかという所以です。
 そしてれに関し著者は、

 「もともと美的感受力においてすべての人間が共通する能力を持たない限り個人を突きぬけ民族・時間を突き抜けることが出来なかったし、抽象なる美的概念も成立しなかった。」

 ということをその根拠としているのですが、この部分が私が最も疑問とする箇所です。本当にそうだったのかということです。
 つまり抽象なる美的概念の成立と民族・時間を突き抜けること、それに美的感受力においてすべての人間が共通する能力をもっていることを共時的に等価要素とされている点です。
 少なくとも私個人で言えば、カンディンスキーやフランク・ステラのブラックペインティングは美術史の業績としては認めるけれど、美しいと感じたことは一度もありません。個人的には抽象なる美的概念の成立など無かったのです。そしてどれだけの人がカンディンスキーやフランク・ステラを何の前知識もなく美しいと思ったかということです。高価だと思うかも知れませんが…。

 抽象絵画の動向で言えば、その深化は一般大衆との乖離を益々助長し、その共有は極少数の、言うなれば学界的集団と化し、一般大衆からは難解な現代美術と敬遠されイノベーションもままならず、野壷にはまり、やがて消えていったというのが私の認識です。
  そしてそうした学界的集団が美術大学や美術館という学術組織を本拠にしていたということもあり、言うなれば著者の上記の物言いは、かつてインターナショナルを合言葉に社会主義革命を夢見た理想に燃える全学連とその指導者を彷彿とさせるに充分です。

 モダンからポストモダンの移行は、少なくとも美術においては著者が言うような整然性、あるいは切実なる変化の待望という必然性に基づくものでは無かったと認識しています。それは混乱です。
 カンディンスキーやヴォーリンガー、あるいはグリーンバーグが掲げた理想からその深化に至る抽象絵画の動向は、自然な発露の重しの何物でもなかったのです。重しで塞がれていた鬱屈したエネルギーはその指導者の一人であったステラがスタティックなパターンペインティングを放棄し、手垢の付いた有機的な形態を持つ極彩色のレリーフの制作を鏑矢に一気に爆発します。新表現主義やニューペインティングと呼ばれる動向です。
 そこには民族性、歴史性は元より、個人的な記憶による、あるいは神話による、新旧聖書の物語性が怒涛のように表出します。
 つまり、
「もともと美的感受力においてすべての人間が共通する能力を持たない限り個人を突きぬけ民族・時間を突き抜けることが出来なかったし、抽象なる美的概念も成立しなかった。」とすることなど本来的には無かったのではないかという疑問です。(つづく)

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~原広司著「空間<機能から様相へ>」を読んで~

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ルネ・マグリット

 著者原広司はポストモダニズムを以下のように定義しています。

 「こうした二つの関係をめぐる理論と表現とを、弁証法的に包括する形で、均質空間が実現される局面が仮想的には考えられる。しかし均質空間は関係の切断の理論を契機とする建築が現れる前に、社会経済的な推進力によっていちはやく支配的に実現された。この建築的な現象は近代建築に終止符を打つと同時に、非機能論に準拠する建築の爆発的な流出を招くこととなった。その現象がポストモダニズムと呼ばれている。」

 冒頭の「こうした二つの関係」とは、機能論と非機能論の二つの関係であり、機能論は関係性の作用として近代建築理論構築に画期的な意味を持つ一方、非機能論は関係性を否定し、切断するものとされ、前者の理論的考察を補完します。そして機能論における関係性の作用として、ハイデッガーの「道具」という概念に、又、関係性を切断する非機能論にロシア・フォルマリズムやシュールリアリズムの動向として語られていきます。

 ハイデッガーの「道具」は機械の時代を象徴する概念装置であり、もろもろの事物が「道具」として現れてくる時、その相互関連性として意味付けられます。つまり、フィジカルな身体に対し、建築空間が「道具」として関係付けられる時、道具の差異化が生じ、そこに意味が付与されるという訳です。
 こうした機能論の表裏の関係に位置するのが関係性を切断するという非機能論であり、これをロートレアモンの「手術台の上のミシンと蝙蝠傘(の出会い)」の引用ににおいて象徴的に語られます。これを「日常的な道具の関連性の切断」「非日常化」とし、そのメタファの作用により我々の意識に変化が生じることに重点が置かれるということです。つまり機能論者は意識を埒外にし、人類に共通するであろう身体的機能に関係性の基盤を置くのに対し、非機能論者は意識へ回帰することを主張します。
 こうしたことにより、著者のいう建築の歴史的推移の相関図は以下のようになるかと思います。

  プレモダニズム(古典、あるいはヴァナキュラーな建築)

     ↓  (科学的記述、合理性、デカルト、あるいはニュートンの空間、
         あるいはインターナショナルという概念)          
  モダニズム=機能論←ーーーーーーーーーーーーー→非機能論
         ↓                                          ↓
        関係=身体←ーーーーーーーーー→関係の切断=意識
         ↓
  意味(身体の個別的記憶)の排除→均質空間の成立、支配  ↓
         ↓
        近代建築の終わり                             ↓

  ポストモダニズム=意識、メタファ、意味、深層意識、記号、ディペイズマン…

 「均質空間が支配的になるにつれ、私たちは近代建築の総体を見直すと同時に、古典的な建築やヴァナキュラーな建築を振り返るようになった。こうした見直しによって機能論がとらえれなかった建築の性格を再認識し、その見逃されていた性格を今日の時代に適合するかたちで展開しようとする動きがポストモダニズムである。」

 …ということになり、この見直しの結果、著者は「様相」という概念に行き着きます。しかし、これに至る経緯はあくまで建築の歴史的推移の冷静な分析であり、(その分析は厳密を極めているといっても余りありますが…、)クリエーター原広司の切実なる変遷の必然性が見えてこないのです。
 この著作は章ごとに時を隔て単独で書かれたということもあるのかも知れませんが、私は京都駅ビルが何故あの京都駅ビルかという、クリエイター原広司の必然性が知りたいのです。

 「様相」が意味することは以下の通りです。

 「事物の状態や空間の状態の見えがかり。外見。現れ。表情。記号。雰囲気。たたづまいなどと表記される現象。これらの表記は経験を通じて意識によって生成され、保持される情景図式の容態を説明しようとする表記である。これらの表記によって指示されるものは、自然。場所。制度。文化。様式。言語学的な秩序。幾何学。それに構築に拘る技術や技法。等々のレベルが異なったさまざまな概念に依存して表出される。これらの表記が指し示している空間の現象を「様相(modality)]と呼んでみたい。」

 つまり「様相」とは著者の属する文化的、集団的に共有される言語記号の内にあるということになるのでしょう。(つづく)

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~原広司著「空間<機能から様相へ>」を読んで~

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キリコ

 前回文章の最下段、「様相」とは著者の属する文化的、集団的に共有される言語記号の内にあるということになる…。…とするなら、京都駅が持つ「様相」に原氏は如何いった説明を加えるというのだろうか。的確な説明など加えることは出来ない。何故なら、それは原氏もいうように、

 「新しい様相の表現は、まさに発見的な表現行為の課題であって、解釈や説明は表現のあとに続く。」

からであり、そしてその解釈や説明とは、「様相」そのものの説明ではなく、「新しい様相」の表出のための機構、装置、あるいは意識のメカニズムの説明であり、それが「新しい様相」の表出という原氏の問題提出の唯一の策だからである。

 「…メタファを誘起することを表現目標とするのではなく、ダリ、キリコ、エッシャー、マグリットなどが先んじて行ったように、メタファが生成される意識のメカニズムを表出すること。…」

 原氏は京都駅に未だ誰も知らない「新しい様相」の表出を求めたのである。つまり新しいメタファの生成を求めたのだ。そして原氏が選んだ具体的な手法は、レヴィ・ストロースのいうブリコラージュ、寄せ集めの拡大解釈である。そして「新しい様相」の表出の希求は方法論上、自己言及的にならざるを得ない。
 こうした観点から浮かび上がるのは、自己言及的で大衆と乖離した学究的、学際的ないわゆる難解な現代美術と京都駅との類似点である。

 言うならば、原広司は京都の玄関口に巨大な現代美術を創ったのだ。そしてその現代美術は私が疑問とするグリーンバーグの用語に関連し重なる。
 新しい芸術。自己言及的。インターナショナル。大衆文化(キッチュ、ヴァナキュラー)を忌避するアヴァンギャルド。などなど。

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 著作「空間<機能から様相へ>」の出版にあたり、原氏は新しく書き加えたという最終章「<非ず非ず>と日本の空間的伝統」は難解な文章で、それが原氏の「新しい様相」の表出に如何拘るのかよく解らない。恐らくそれとは関係なく、弁証法と非ず非ずの論理を論理学的に併置することによって、日本の空間概念の変遷を分析し、その可能性を示唆するものだろう。

 しかしこの章は私との根本的な見解の相違が垣間見えるのではないかと思う。
 原氏はこの章の冒頭で、

 「伝統なる概念はナショナリズムに帰属するのではなく、インターナショナリズムに帰属する概念である。」

 と言い切るのである。伝統とはナショナリズムの以前の問題であり、増してやインターナショナルなものと捉えるのは理解に苦しむ。いくら各地域において似た事象があろうともそれはあくまで結果であり、観察者の印象である。それを伝統なる概念はインターナショナルであるとは本末転倒ではないのか。インターナショナルを持ち出すなら、伝統は地域の集団が育むものであり、それを承認した上でのインターナショナルではないのか。

 原広司という人は、インターナショナルという言葉に何か格別な思い入れがあるようだ。そしてその思い入れによりレヴィ・ストロースのいうブリコラージュ、藤原定家の歌の創作原理(本歌取り)、あるいは茶道の設えや道具における写しの原理(著作では、うつすー模す。うつしー模しー引用。と記載)に致命的なズレを生じさせているのではないかと思う。この三者は共通して人間の創作原理の根本であり、伝統を形作る源泉である。そしてそれは地域の集団において形作られるものであり、ここにインターナショナルという言葉は唐突で無縁なのだ。

 こうした致命的なズレにおいて、京都駅における原氏の具体的な手法を「レヴィ・ストロースのいうブリコラージュ、寄せ集めの拡大解釈である。」とした所以である。

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